2025年6月6日
「利用者が少なすぎるので、このままでは日本語の本棚を維持できません」と、図書室のスタッフに言われました。「ひと月に20人が40冊を借りるようにならないと難しい」とのこと。思わず「それは無理かも…」と心の中でつぶやきましたが、「やってみます」と答えました。ドイツ・ブラウンシュバイク市の公共図書室に日本語の本棚を設置してから5年。市内には100人ほどの日本人が住んでいますが、日本語の本を借りる人は月に数人程度。本棚は以前より目立たない場所に移され、存続の危機にあります。
僕自身、2012年にドイツに移住し、3人の子どもと暮らしています。家庭では僕は日本語、パートナーはドイツ語で子どもと話していますが、日本語に触れる時間は限られます。そのため、子どもたちは日本語の出自語授業 (Herkunftssprachlicher Unterricht) に通い、家では二言語の読み聞かせをしています。ドイツ語と日本語で交互に読むこのスタイルで、家族で『ふたりのロッテ』や『ジム・ボタン』など、たくさんの物語を楽しんできました。
僕が通った日本の図書館では、絵本の読み聞かせイベントが印象深く、暗い部屋に灯されたロウソクとともに物語の世界に引き込まれた記憶があります。そんな体験を子どもたちにも届けたいという思いから、日本語の本棚を地域の図書室に作れないかと考えるようになりました。
市の中央図書館には多言語の本がありますが、日本語は対象外。そこで、地域の分室に相談したところ、前向きに受け入れてもらえました。寄贈本と、私自身の蔵書を合わせて本棚をつくり、2020年にはオープニングイベントも開催しました。返却期限なし、貸し出しはノートに記入するだけというシンプルな運営にしています。
ですが、思った以上に利用者は増えませんでした。立地の問題や、若い世代が紙の本に触れる機会の少なさも影響しているようです。さらに、蔵書はやや古めのものが中心で、子どもたちの関心と合わないこともあります。一度、アクセスの良い市内の言語学校内に引っ越しするか検討しましたが、公共施設に、日本語の本棚を置きたいという想いがあり、今も地域の分室の中に本棚を置いています。
利用者を増やしていくため、現在は月1回の「日本語本棚オープンデー」を企画。読み聞かせ、折り紙、ゲームなどを通じて、子どもたちと日本語を学ぶ学生たちが交流できる場づくりを目指しています。5月のイベントでは大学生約20人が参加し、日本人の子どもたちが絵本を朗読する姿に拍手が送られました。本をきっかけに自然と会話が生まれ、数名が実際に本を借りて帰りました。これからも、日本語に触れたい子どもたちと、日本文化に関心を持つ人たちの架け橋となる本棚でありたい。ドイツでも本を通じて誰かの「居場所」になれると信じて、細く長く活動を続けていくつもりです。
もし、日本語の本を譲ってくださる方がいたら、ぜひご連絡ください。
※日本語の本棚づくりの経緯や運営面のエピソードなど、より詳しいエッセイはこちらへ
【写真提供/筆者】
國本 隆史(KUNIMOTO Takashi)さん
映像作家。ブラウンシュバイク在住。三児の親。日本で社会学を、ドイツで自由芸術を学ぶ。現在はVHS Arbeit und Berufのメディア工房に勤務し、メディアを活用した就労支援プログラムに携わっている。また、子ども向けアートプロジェクト「Die Kunst-Koffer kommen Braunschweig」、難民と共に制作する映像・写真プロジェクト「Save Art Space」(Netzwerk für traumatisierte Flüchtlinge in Niedersachsen)、語学学習中の大学生を対象としたタンデム・ビデオ・ワークショップ(For your integration, DAAD)などにも取り組んでいる。takashikunimoto.net
① ずばり一言、本は「私」にとって?
「私」と対話できる場所
➁ 記憶に鮮明に残っている子ども時代の一冊は?
『めっきらもっきらどおんどん』
(長谷川摂子作・ふりやなな画 福音館書店)
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【映像作品】
「僕がドイツ語を学ぶ理由」2012年 4分(動画はこちら)
移住したばかりの頃、社会統合コース(Integrationskurs)でドイツ語を学びながら、「なぜ言語を学ぶ必要があるのか」について考えました。
「Today English 明日は日本語 」2014年 15分 (動画はこちら)
アメリカには、異なる言語や文化的背景を持つ子どもたちが共に学び合う学校があります。この作品は「双方向イマージョン教育」の実践を記録したドキュメンタリーです。制作 ワールドキッズコミュニティ
「ロベルト」2019年 18分 (動画はこちら)
ドイツに家族と住む日本人監督が、夏ごとに町にやってくるポーランド人ホームレス、ロベルトを撮影したドキュメンタリー。 インタビューはなく、ただともに過ごす時間と、会話だけが映っている。なぜ、ロベルトは子どもにお小遣いをあげるのか?なぜ、ポーランドの自宅を広島と呼ぶのか?そこには小さな答えと、暗号化されたより大きな答えがあり、その先に他者の奥に広がる世界との出会いがある。(ターHELL 穴トミヤ / Tarhell Anatomiya)