ことばと本

ことばと本

物語の大好きな子どもたちと過ごした30年間

勝田 茅生

 子どもは物語がとても大好きです。物語は生まれてからまだ一度も体験したことのない不思議な世界を目の前に繰り広げてくれます。たとえ毎日同じ物語だとしても、幼い子どもは身体全体でそれを吸収しようと、じっと耳を澄ませて聴いています。 

 私は1984年からほぼ30年近く、南ドイツ、ミュンヘン郊外の小さな町にある公営の音楽教育シューレ(学校)で、3歳から6歳までの子どもたちを対象に情操教育をしていました。幸運だったのは、コンセプトをすべて自分で考案できたことです。それで親もいっしょに45分のグループ時間に参加し、子どもがそこで体験したことを共有できるようにしました。1グループは年齢別に分け、平均6人の子どもと6人の親で、参加者をできるだけ制限しました。親子で楽しめるいろいろな遊びを工夫したことも懐かしい思い出です。

 この情操教育は音楽を軸にしていたので、大切な要因は、①なるべくたくさんの歌を歌う、②基本和音の聴き取り、③リズム感を伸ばす遊び、などでした。けれども私がここで最も大切にしていたのは、子どもの年齢に合った良い物語を語って聞かせることでした。

<3~歳児>

 まだ3~4歳の頃は、本の活字を朗読すると飽きてしまうことがあるので、子どもの顔を見ながら、物語を分かりやすい言葉で話して聴かせました。そして話をしながらも、時折気持ちを高揚させるような言葉を入れます。たとえば、何かびっくりしたことが起こると、「わあ、大変だ!これからどうなるのかな?」と子どもと一緒に心配したり、それがうまく収まると、「よかったねぇ」とみんなで安心したり、という具合です。話も子どもの日常生活の中でも起こるようなテーマを選びます。同じ話をいつも1週間に1回ずつ、3週間話しました。 

1週目は聞いた話を家に帰ってから、それを絵に描いてみます。話の内容を自分なりに消化するためです。2週目は絵本を使わずに、譜面台に背景を置き、指人形や縫いぐるみを使って、立体的にその話をしました。そして3週目は、今度は子どもたちが親といっしょに物語の情景を床の上に、いろいろな色の布、石ころやビー玉、人形などを並べるという大掛かりな作業になりました。誰もが物語の世界にどっぷりひたっていたのを思い出します。

<4~歳児>

 4歳になるとあまり単純な話は飽きてしまうので、少し複雑な物語を話して聞かせますが、それを1年目と同様、3週間の間に自分の考えで色や造形で物語を表現する練習をしました。山や川などの大きな景色などは、グループで協力して分担することもできるようになります。もちろん歌の内容も、話して聞かせる物語に合うようなものを選んで、輪になって踊りながら歌いました。この頃になると、自宅でも同じようにいろいろなものを床に並べて物語の情景を作る子どもが増えたようです。

<5~歳児>

 5~6歳のグループは、親なしで私のところに来ました。この年には、お話を2回目に聞いたあとで、リズム楽器でその情景を表わそうとしました。たとえば『3匹のこぶた』の話では、3匹がそろって元気に出かけて行く時には、どんな楽器を使おうかなどと考え、カスタネットや小さな太鼓などで3匹が歩く足音を出すなどを決めます。わらの家、板切れの家、石の家、それぞれに違う音色が必要だと言い出す子どももいます。もちろん、オオカミが出てくるところでは、大きな太鼓をしっかり叩きます。こうして表現の領域が、色や造形から音の響きの世界へと広がっていくのです。そして3回目に物語を聞いた日には、子どもたちが自分でその物語を演じるのです。私は簡単なお面などを用意しますが、あとは子どもたちが色のついた布を使って小道具を考えます。グループ時間の終わる20分程前に、親を招待して「お芝居」を披露します。これはどの子もことさら好んだ時間でした。

 こうして子どもたちは、物語を聴いて単に消極的に味わうだけでなく、自分自身の造形的な表現や演技で積極的に「再生」させるわけです。それは、単に言語の領域だけでなく、すべての芸術的な領域に拡大された物語の「全人的な体験」だったのです。このような深い理解のためには、何10冊という本を次々読んで聞かせるよりも、一つひとつの物語をゆっくり味わい、それについて親子で語り合うことがとても大切なのです。

<根源的信頼を伸ばす>

 子どもに本を読んで聞かせることは、子どもの言葉だけでなく、情緒の発達のためにもとても大切なことです。物語の中にはたとえばグリム童話などのように恐ろしいことが起こる話もたくさんあります。人によっては「だからそういう話を子どもにしてはいけない」と主張する人もいますが、私はそれは話をどのように子どもに話すかによると思います。子どもを膝にのせて優しく抱きかかえながら、話して聞かせ、そんなに恐ろしいことが起こったけれども結局最後は幸せになれた、という結末を強調できれば、子どもは人生に対して「根源的信頼」を持てるようになるのです。

 当時まだ幼かった子どもたちは、今ではもう自分の子どもを育てる年齢になりました。そして時折、道で出会ったりすると、「あの時は本当に楽しかった!」と言ってくれます。母親たちの中にも、あの時聞いた話は忘れることができないという人が少なくありません。

  私は自分の子どもにも、毎晩寝る前に本を読んで聞かせ、たくさん歌を歌って聞かせました。二人の息子は自分で文字が読めるようになると、とても本が好きになりました。二人とも今は自分の子どもたちに同じように本を読んで聞かせています。

                  2026.03.13  南ドイツ・エッヒングにて


勝田 茅生(KATSUTA Kayao)さん

1945年生まれ。筑波大学附属高校卒後、上智大学文学部哲学科入学。1970年修士課程修了後、ミュンヘン大学博士課程入学。1976年に児童音楽教育指導の資格を取得後、ミュンヘン郊外の公営音楽教育施設で自らのコンセプトによる児童情操教育を開設(2010年まで)。1997年から南ドイツ・ロゴセラピー研究所でロゴセラピー研修を受け、2000年に公認資格を取得。2001年1月にヨーロッパに滞在する日本人のためのカウンセリングを開始。同年4月より日本でロゴセラピー入門ゼミナールを開設して今日に至る。日本ロゴセラピスト協会会長。

 

【2つのリレー質問】

・ずばり一言、本は「私」にとって?

 見知らぬ世界を見渡せる窓

・ 記憶に鮮明に残っている子ども時代の一冊は?

 ジーン・ウェブスター「あしながおじさん」

最新のエッセイ