ことばと本

ことばと本

日本語のおさんぽ

よこやま あい

「私は子供たちにちゃんと日本語を教えてあげられていません。」

息子が生まれてから何度言ったことでしょうか。

基本的に出不精な私は、行き帰りの時間が勿体なくて子供たちを日本語補習校に通わせていません。ですからお子さんが小さいうちから毎週日本語補習校に連れて行き、教室の外で待ち、家では宿題をさせて、というお母さんお父さんの話を聞くたびに自分の子供たちに対して後ろめたい気がしていました。

せめて初歩の漢字くらいはと、日本から送ってもらった漢字のドリルも強制すればしぶしぶ書き込みはするけど使わないから定着しない。それに加えて、現地の友達との会話がドイツ語だから家でも兄妹の会話はドイツ語、日本のアニメを観るのにもドイツ語吹き替えの方がラク。効率性から見れば日本語に勝ち目はありませんから、家の中でもドイツ語の比率が高くなります。

それでも絵本の読み聞かせは喜んで聞いてくれましたので、この時間だけは日本語にひたることを心がけつつ、私自身が読んできた数冊の絵本を中心に毎晩とはいかないけれど、できる限り読み聞かせをしました。「読み聞かせ」とは言っても何度も脱線するので、「読んだり話したり」の方が合っているかもしれません。

絵本は好きなテンポで読み進められます。わからない言葉を説明する時間も取れます。そのページの文章を読み終わっても、子供が望めば絵をゆっくりと味わう時間もあります。そのページにでてくるちょっとした描写について「これ、なあに?」と質問がくるかもしれません。そこから「今日ようちえんでね … 」と子供の方から話を膨らませてくれるかもしれません。そして脱線したお話がひと段落したら、また絵本に戻ります。漢字ドリルをこなすのが日本語でのジョギングか徒競走なら、絵本を読むのは日本語でのお散歩ですね。

私の好きな一冊は『はじめてのおつかい』。5歳のみいちゃんが赤ちゃんの牛乳を一人で買いに行くお話で、お店に行き、やっと牛乳を買うまでの小さな困難の数々がていねいに描かれています。私はみいちゃんの年齢をとっくに超えていますし、ここドイツにもずいぶん長い間住んでいますが、それでもみいちゃんのようにドキドキすることが今でもよくあります。やっと牛乳を買えた時の安堵感もとてもよくわかります。だから今でもこの絵本に特別親しみを感じるのかもしれません。

絵も素敵です。柔らかい鉛筆を思わせる線。ぶれたり二度描きした線。「ふとったおばさん」の強い線とみいちゃんの細い線のコントラスト。お店の中に貼ってある「うすかわまんじゅう40円」「だいふく50円」なんて書いたその筆の速さまで感じ取れます。そしてクライマックスのみいちゃんの横顔を描く美しく迷いのない曲線とお店のおばさんの驚いた手の表現。見れば見るほど作り手の思いと息遣いが伝わってきます。

「私は子供たちにちゃんと日本語を教えてあげられていません。」

息子と娘がこれから日本語とどう関わっていくのかはわかりません。もしかしたら大きくなって「もっとちゃんと勉強させてほしかった」と苦情を言われるかもしれません。でも私個人は、子供たちに日本語を「たのしい、うれしい、なつかしい」ものとしてとらえてほしい。子供たちが付き添いを許してくれる間は、日本語での「おさんぽ」をもう少し楽しみたいと思います。

挿絵/執筆者

『はじめてのおつかい』 作/筒井 頼子 絵/林 明子 出版社/ 福音館書店(1977)
こちらから同絵本の中身(数ページ)がご覧いただけます。

よこやま あい(YOKOYAMA Ai)さん

小学校教諭、アーティスト。ベルリン在住、二児(10歳男児、6歳女児)の母。物心ついた頃から絵を描きはじめ、現在、ベルリン市内の公立小学校に勤務しながら、地域の小中学生向けにマンガワークショップを実施している。2022年春、通訳ボランティア(ドイツ語・ロシア語)としてウクライナ避難民を支援するなかで、絵本『ミラのかだん』(ドイツ語ウクライナ語併記)を制作。寄付によって250部印刷し、ベルリンの小学校のウクライナ人クラスに配布した。『わたし語ポートフォリオ』3種と活用ガイドに登場する子どもたちのイラストの生みの親でもある。

 【2つのリレー質問

① ずばり一言、本は「私」にとって?

  世代をつなぐアルバム。散歩道。

② 記憶に鮮明に残っている子ども時代の一冊は?

『はじめてのおつかい』。他にもたくさんあります!

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 

『ミラのかだん』 文・絵/よこやま あい (2022)全28頁

大切にしている花壇とぬいぐるみの友達に囲まれて、ミラはとても幸せでした。そんな中、戦争が始まり、花壇と友達のリスをおいて見知らぬ土地に来ることに…。 数年後、故郷に戻ったミラは花壇を作り直します。ウクライナの子供たちに贈る、悲しみの中に希望を託した穏やかで温かい応援歌。 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 

ウクライナからの子供たちに絵本を配布した時の様子

 

 

最新のエッセイ