ことばと本

ことばと本

スイートポテト

小玉ドイシュレ 邦

私は日本語が大好きである。「複言語」という言葉を耳にしたのは、2021年2月ケルンのセミナーに参加したのが初めてだった。人々の生活が豊かになり、世界中の人々が地球を飛び回って旅や仕事をするようになれば、人の出会いもまた様々である。出会った人と人が結ばれて営みを始めれば、その人の中に当然、複文化と複言語が生まれる訳である。

私にとって複言語のごく始まり、いわゆる大好きな日本語以外の言葉を好きになったきっかけは、「スイートポテト」という英単語である。仕事柄、英語の達者であった父は、ごく自然に日常生活の中で英語の単語や文章を教えてくれていた。夕食時にジャガイモの煮物が出たとき、ジャガイモはポテト、それではサツマイモは英語で何というか? スイートポテト、甘いお芋という意味だよ、と雑談の中で話してくれた。それから間もなく、小学校2年生の国語の時間に担任の先生が何かのきっかけで「君たちの中でサツマイモを英語で言える人はいるかな?」と質問した。私はとっさに手を挙げると、すっくと立ちあがり、大声で「スイートポテト!」と叫んだ。前の席の生徒たちは一斉に振り返って私を見つめ、先生は大変驚いて、そして驚きと同じくらい、大変ほめてくれた。私はうれしくて胸を張って家に帰ったのを覚えている。

この時から私は英語がとても好きになり、学生時代はよく英語を勉強した。私は小学生の時に父からもらった革表紙のコンサイスの和英辞典を今も時々開いてみることがある。私の大事な宝物である。40歳で初めてドイツ語を聞いたときは、ドイツ語をキャッチするアンテナが立っておらず、よく理解できるまでには数年が経過して、現在に至っている。ドイツ語も馴染んでみると日本語では表現出来ない正確な描写に唸ることありで、これまた楽しい言葉である。

私のふるさと函館は古くてモダンな町である。時代をさかのぼれば、近代文化の入り口としての歴史がある横浜、長崎とともに日本初の国際貿易港として開港された。私が小学生の頃は、外国人が町を歩いていることは珍しくなかったし、西洋風な建物も通学路に並んでいた。友人のお父さんが牧師さんで日曜日のミサの無い日などは教会の聖堂が鬼ごっこの遊び場であり、3時のおやつは紅茶にクッキイを外国人女性の修道女達と共に過ごし、簡単な会話を楽しんでいた。

12月の雪が深々と降るある日、私は教会に付属する幼稚園でアンデルセンの「マッチ売りの少女」を聞き、すっかりこのお話の虜になり、幼稚園からの帰り道、ずっとこの子のことを考えていた。そして、家に帰って母にこの主人公の少女を探してきて欲しいと懇願した。私の持っている靴や洋服などを分けてあげようと本気で考えていたのだ。私は本もお話も大好きで、母とはよく夕食の後、ラジオを聞いて過ごした。ラジオからは色々な番組が流れてきた。中学に入ってからは一気に日本の歴史小説を次々に読みふけって、歴史の中で生きた女の宿命や悲恋に心打たれていたように思う。このような子供のころの遊びや楽しみが今の仕事、童話の語り手という形につながっていることは間違いない。

語りをしていると本当に言葉の持つ力がどんなに強いものかを感じさせられる。お話を聞いている子供たちの目は輝き、叫び声やら溜息やらが聞こえて来ると、私の体から出た生の声が子供たちの心を揺さぶっている反応がひしひしと伝わってくる。 2021年12月、久しぶりに「マッチ売りの少女」をオンラインで語り聞かせたところ、何度もこのお話を聞いているだろう友人がぽろぽろと涙をこぼし、終いにはハンカチでぐしゃぐしゃの顔を拭っていた。大人でさえ泣き出す、言葉の力はこんなにも強いのだと思い、私の語りの仕事も丁寧にこなしていこうと改めて考えていたところである。

スイートポテトがきっかけで英語が好きになり、教会で遊んだ楽しさや母と聞いたラジオのお話で本が好きになり、「マッチ売りの少女」で童話の世界に引き込まれた。好きで楽しかった子供時代の経験が今の私につながっている。子供を持つ親に出来ることは、毎日の生活の中で子供に言葉が好きになるような沢山のいい経験をさせることではないだろうか。これからの世界は職業市場で複数の言語力を持つ人材が更に要求されてくることは間違いないだろう。


小玉ドイシュレ 邦(KODAMA DEUSCHLE Kuni)さん

伊達赤十字看護専門学校を卒業。その後、札幌の看護学校教員養成所を経て看護学校教師を勤める。1983年に渡独、2000年までミュンヘンで看護士として勤務。コロナの影響で渡日不可となる2018年まで室蘭看護専門学校非常勤講師。退職後、セバスチャン・クナイプアカデミーで童話の語り手のライセンスを取得。日本とドイツの劇場、教会、学校、幼稚園、各種のグループで語りを実践。コロナ禍の中では、個人でオンラインで語りを実践、教育の側面から心の安らぎの必要なごく小さなグループにお話と紙芝居を提供。

【2つのリレー質問】

① すばり一言、本は私にとって?

恋人のような存在

② 記憶に残っている子供時代の一冊は?

高山樗牛の『滝口入道』15歳位の時に読みました。

最新のエッセイ