複言語/継承語を考える

複言語/継承語を考える

「複言語、継承語を考える」  ~私にとっての継承語教育~

フランクフルト継承日本語教室『陽だまり』 清水ピエリ 加代子

『陽だまり』は、2012年に公益法人ではなく個人事業として立ち上げた継承語教室です。当時は児童5名の小さな教室からスタートし、現在は6クラス43名(2021年8月現在)の日本にルーツを持ち、日本語及び日本文化を継承する児童・生徒たちが在籍しています。(陽だまりホームページ参照 https://hidamari-frankfurt.jimdofree.com/

陽だまりを設立する思いに至ったのは、今から20年ほど前、私の二人の娘たちが補習授業校に通っている時でした。私は保護者として子供たちの日本語教育に携っていたのですが、徐々にその授業内容や進め方に対する疑問が生じてきたのです。

補習授業校は、日本帰国を前提とした邦人子女を対象とし、帰国した際にすぐに日本の学校生活に順応できることを目的としているので、学年が上がるにつれ、その学習内容は、ドイツ永住予定の子供たちのニーズとは嚙み合わなくなってきました。そこで、補習授業校が行っている国語教育ではない、国際児に相応しいカリキュラムや指導法を目的とした独自の教室を設立したいという想いが募り、陽だまりを設立いたしました。

 

陽だまりの教育理念 

1.子供の言語と心の発達に配慮する言語教育

国際児には子供たちの言語発達を複言語・複文化の枠組みでとらえ、認知力と言語力の関係やアイデンティティの形成を視野に入れた教育が必要だと考えます。言いかえれば、継承語教育は、子供の言語と心の発達に配慮する言語教育だと言えます。

 

2.国際社会におけるグローバル人材の育成を目指す 

グローバル人材というのは、単に何ヵ国語も話せるということではなく、主体的に考え、自ら行動できる人であり、そのためには、多種多様な価値観を認め、国際感覚を育むことが大切です。「考える力」は、その子の第一言語(一番強い言語)をしっかり伸ばすことでついてきます。そして、その考えたことを日本語で表現する力を養います。このように、高度な現地語力と日本語力を備え、自ら考え主体的に行動することができ、日本とドイツ、さらには日本と世界をつなぐ架け橋となる人材の育成を目指しています。

 

3.人を育てる人間教育

『陽だまり』は、単なる語学教室ではなく、人として大切なことを伝える人間教育の場だと考えています。感謝の気持ちや敬意を持つこと、礼儀やマナーを身に付けること、人を思いやる心などです。また、地球の未来にとって何が大切かということに目を向け、授業や活動の根幹として「食育」「環境問題」「平和教育」を常に念頭に置いています。知識を得る教室の中での学びだけではなく、様々な「経験」と「交流」を通じて、一人の人間として心身ともに成長し、自身の持つ能力・可能性・視野を広げ、社会の中で多くの人と共に生きていける人になってほしいと願っています。

 

活動方針 

楽しく学べる環境づくり

「日本語を学ばなければいけない」ではなく、「日本語を学びたい」という気持ちを大切に、子供が関心を持つテーマを提供し、楽しく学べる環境づくりに努めます。

例えば、漢字を楽しく学ぶため、忍者「漢字丸」という人形との掛け合いで、クイズやゲームを取り入れた漢字特別授業を行ったり、クリスマスお楽しみ会では、各クラスごとに演劇をします。教科書の物語を劇にしたり、授業で習ったことわざや故事成語の由来やその使い方を寸劇にしたり、古典の『竹取物語』を現代版『竹取物語』として独自の台本を作成したり、『枕草子』を剣舞で演じたりして、五感を通して登場人物の心情をより深く理解し、言葉や言い回し等を自ら表現しながら学ぶことを試みています。

★1クラス10名までの少人数制で学習者主体の授業形態

受け身の知識詰め込み学習ではなく、学習者主体のアクティブラーニングをできるだけ取り入れています。指示されたことをこなすだけではなく、状況に応じて自分で判断し、創造する力を養います。具体的には、調べ学習とその発表、ディスカッション、弁論大会、PPTでのプレゼンテーションなどです。その他、将来の夢を描いて発表するドリームマップのワークショップも取り入れています。

 

継承語学習者の強みを生かした授業内容

高学年からは、特に継承語としての日本語教育を念頭に、ポイントを絞った授業内容、学習効率を考慮した指導を行っています。例えば、プレゼンテーションは、現地校で学んだ知識を日本語に置き換えて発表することで、かなりレベルの高い内容になっています。また、『走れメロス』の物語は、その基になっているシラーの『人質』という作品を原文で読み、内容を比較することによって浮き彫りになってくる物語の主題を考えさせます。現地語教材の活用や、ドイツ語の歌や詩の翻訳などを取り入れることで、生徒の得意な言語の助けを借りて実力発揮できる機会ともなり、日本語学習のモチベーションを上げることにもつながっています。

 

多様な教科を取り入れた総合学習

野外で活動する青空教室では、虫や植物の観察を通して理科の学習をしたり、散策しながら季語を用いて俳句を作ったり、ゲームや競技など体育も取り入れています。遊びの中にも学習要素を組み込み、クラスを越えた縦割りチームで競い合います。また、社会科として、行ってみたい国や日本の都道府県の地理や歴史・文化などを調べて紹介したり、「日本各地の名物夏祭り」と称して、地域の名物料理の屋台を出したり、特産品を活かした遊びのブースを考えたりと行事も学びながら楽しんでいます。家庭科の調理実習では、料理を作るだけでなく、「米を研ぐ」「野菜を刻む」「生地をこねる」「生地を寝かす」など普段使わない調理用語や調理器具の名前もしっかり教えます。

 

「経験」と「交流」を重視する行事

陽だまりでは、年中行事や日本文化体験学習という行事をたくさん取り入れています。年間恒例行事となっているのは、5月の青空教室、6・7月の夏祭り、12月のクリスマスお楽しみ会(クラス発表)、1月のお正月会と書初め、3月の学習発表会(個人発表)です。その他、その年ごとに日本文化体験学習を行っています。これまでにやったものとして、剣道、合気道、弓道、日本舞踊、剣舞、茶道、絵手紙、箏、和太鼓、落語、餅つきなどがあり、和太鼓や落語は日本からプロを招聘して、口演やワークショップをしていただきました。日本合宿や日独交流子供キャンプなど、有志参加のイベントも企画しました。

 

年間36回の授業の中にこれだけの行事を組み込むことは、通常授業の進行にも影響があり、教師の負担も大きいです。しかし、行事には日本語学習以上の意味があります。それは「経験」と「交流」です。新たな経験をすることで、新たな知識、技術、考え方、選択肢、可能性、世界が作られていきます。行事は何をやったかという結果より、できあがるまでの過程が重要です。クラス間での話し合い、協力して一つのものを作り上げる中で仲間との結束が生まれ、学級づくりにも役立つのです。また、他のクラスの人や保護者との交流により、新しい考えや価値観が得られ、高学年の子供達が低学年の子供達を指導することで、日本語学習の面でも良い影響を及ぼすこともあります。行事の楽しさが魅力となり、学習意欲を高めることにもつながっていると確信しています。さらに、このような行事に、日本人ではない家族も参加・協力することにより、家庭内での継承語教育への理解も得られるのではないでしょうか。

 

子供は親や大人を見ています。「日本語をがんばって勉強しなさい。」という言葉より、親や教師が共に楽しんで取り組み、一生懸命になっている姿を目にすることで、子供達は自然にその心を感じ取ってくれると信じています。

 

継承語をどう考えるか 

個人的な見解を申し上げますと、継承語は子どもに自分の言葉を学ばせたいという親の選択から始まります。ですから、継承語においては親が第一の担任だと考えています。週に一度の授業しかない学校におんぶにだっこでは、高度な日本語力は身に付きません。ご家庭では、日本語話者の保護者が子供と必ず日本語で話すという家庭言語が基盤になって、その上で学習言語としての日本語を継承語学校で学び、より高いリテラシーの獲得を目指すというのが理想だと考えます。しかしながら、望んでいる日本語の到達目標はご家庭によって違います。日本の義務教育卒業程度の日本語力を目標にしている方もいれば、日本の祖父母と話ができる程度でよいと思われている方もいらっしゃいます。でも、その学校独自の理念や方針、また学校としての到達目標というものは明確でなくてはならないと思っています。

継承語学校に関していうと、こうでなくてはならないという形はないと思っています。様々な目的を持つ継承語学校が今後たくさん設立され、それぞれのご家庭の環境やお子様のニーズに合った学校を選べるようになることを願っています。

最後に、「私にとっての継承語教育とは?」と聞かれれば、自身にこう問い掛けます。「日本語を自分の子どもに伝えたいのはなぜ?」ー答えは、『自分の子供達に人として大切なことを、私は私の言葉で伝えたい。』その一言に尽きるのです。子供の将来のためとか、日本語が話せると就職に有利だからとか、そんなことは二の次です。

子供達のドイツ語力は、いつか自分のレベルを超えてしまいます。その時に対等に子供達と向き合い、話し合い、導くことができる言葉は、私にとって日本語しかないと思っています。今、私は娘たちと大人の会話が日本語でできることを、心から幸せに思っています。

皆様も、いつの日かそんな日が来ることを信じて、お子さまの継承語教育を諦めずに、楽しみながら続けてください。

 

参考文献

渡辺 久洋・ 松田 真希子(2019)「人間教育としての日本語教育 ―ピラール・ド・スール日本語学校の実践―」
『早稲田日本語教育学』 (26), pp27-42, 早稲田大学大学院日本語教育研究科

 

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