ことばと本

ことばと本

空気を飛び越える ~「郷」を行き交いながら思うこと~

那須田 淳

日本は高く、ドイツは低い。はてさて、これはなんでしょう?

すぐに思いつくのは家賃? 肉の値段、交通費…などきっとあれこれ浮かぶでしょうね。もちろん正解が一つということではない。でも、文化というカテゴリーでは「コンテクスト」もこれにあてはまる。コンテクストは、コミュニケーションの大切さがクローズアップされるようになって改めて注目されるようになった単語ですよね。英語のcontextは、「背景、状況、場面、文脈」をもっぱら意味すると思うけど、日本語だと主に「文脈」という感じで使うのかと。ご存じかと思うが、ハイコンテクストとは、文化の共有性が高く、言葉以外の表現や行間から相手の意図をくみ取れることをさし、ローコンテクストはその逆。言葉を多く使い、より具体的に説明しないとなかなか通じない。

日本はこの世界で最もハイコンテクストの国で、ドイツはローコンテクストの国と言われている。日本では「KY」つまり「空気が読めない(読めよ)」が問題視されるが、これは「察する」ことが求められるハイコンテクスト文化の国ならではかも。ドイツならそんなの「言われなきゃわかんないよ」でおしまいだろう。

この空気を読むテクは、まわりに気遣うという意味では美徳にも思えるけれど、行き過ぎると同調圧力にもつながるので、なかなかに難しい。

じつは何年か前に、劇作家の平田オリザさんと演出家の宮城聰さんと鼎談したときに、楽屋でそんな話になって、平田さんからこのコミュニケーション文化の違いをちゃんと理解しないと各国での演技指導が難しいのですよときき、「なるほど」と強く合点がいった。平田さんの著書『わかりあえないことから・コミュニケーション能力とは何か(講談社現代新書)でも触れておられるので興味があればぜひお読みください。ことばというのは、翻訳が難しいのも、ただ置き換えればよいというわけではないからだ。

本を読むとき、どの言語で読むのかも含めて、そのあたり一度意識してみると、また違う発見もあるはず。

僕はドイツと日本に創作活動の拠点をおくようになってさらに30年が過ぎたけれど、その往復の日々の中でこの違いをしばしば感じる。何年か前になるけれど、ドイツから戻ってきたばかりで、東京のとある駅で編集者と待ち合わせをしたときのこと、ラッシュ時に僕が歩いてくるとすぐにみつけてくれたので「この人混みでよくわかりましたね」というと「那須田さんはまわりと歩き方が違うから」とのこと。つまり人の動きの流れに乗れていないのでかなり目立ったとのこと。なるほど、よく人にぶつかるのはそれでか、とそのときに頷いた次第。これ、しばらく日本で暮らしているとだんだんにこの流れになじんでくる自分に気づくので、たぶん当たっているのだろう。こういう社会での活動もコミュニケーション文化の一環である。

もしドイツで育った子どもさんや知り合いが日本に出かける際は、まわりに合わせると楽ということ。その逆でドイツにきたばかりのとき、ちゃんと自己主張しないとだれも気づいてくれないということをアドバイスしてあげるとよいかも。

郷に入っては郷に従えという諺は、なるほど深いものですね。

(写真上:「屋根の上で本を読む近所の男の子」ベルリンの公園で。
まわりを気にせず、好きな場所で本を読む、この自由さはなかなか良い。筆者撮影)

 


那須田 淳(NASUDA Jun)さん

作家。大学在学中にシナリオを学び、小説を書き始める。卒業後、88年に『三毛猫のしっぽに黄色いパジャマ』(ポプラ社)でデビュー。95年にドイツのベルリン市に転居し、現在はドイツと日本を拠点に創作活動中。作品に、『ペーターという名のオオカミ』(小峰書店)で、産経児童出版文化賞、坪田譲治文学賞を受賞。『一億百万光年先に住むウサギ』(理論社)や、『星空ロック』(ポプラ文庫ピュアフル)など。翻訳も『ちいさなちいさな王様』(講談社)など。創作・翻訳合わせて150作品以上を出版している。和光大学、共立女子短期大学非常勤講師。鬼ヶ島通信編集長。official site 青熊ラジオ https://aokumaradio.com/

最近、岩波書店の雑誌「図書」に、ミヒャエル・エンデとの思い出を書いたので興味があれば。岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」で読めます。

【2つのリレー質問】

① ずばり一言、本は「私」にとって?

飯のタネ。あるいは人生そのもの。

② 記憶に鮮明に残っている子ども時代の一冊は?

選べない。僕は小学一年の頃から中学三年まで、ほぼ毎日一冊読んでいたので。しいてあげればトールキンの『指輪物語』。

 ★・★・★・★・★・★・★・★

(ポプラ文庫ピュアフル2013)

(小峰書店2004)

(講談社1996)

 

最新のエッセイ