2026年5月25日
ご家庭で、日本語クラブや教室で、気軽に気楽に遊び感覚で、「哲学対話」を日常的に親子でしてみる… たくさんの気づきとヒントにあふれたエッセイを苫野一徳さんが複言語ファミリーの皆さんへ贈ってくださいました。(つなぐ編集部)
今は高校2年生になった長女が、小学校3年生の時、いろんな理由が重なって、しばらく不登校になったことがありました。
それまで仲良くしていた友だちとも疎遠になってしまい、彼女はますます孤独になっていきました。学校に行けなくなったのは自分が弱いからではないか、自分が悪いのではないか、自分はダメな人間なんじゃないか……そんなふうに、悩み続ける毎日を送っていたようです。
その頃に娘が出会ったのが、哲学対話でした。
わたしは、全国の小・中・高校、大学や企業など、さまざまな場所でひんぱんに「本質観取」という哲学対話をご一緒しているのですが、その対話の場に、しばしば娘を連れて行くようになったのです。そこで、老若男女問わず、多様な人たちとの対話を重ねる中で、彼女は、これこそが自分が必要としていたものだと直感したようなのです。
生きるとは何か、弱さとは何か、学校とは何か、友だちとは何か、人間とは何か……。そんなことを、彼女は深く思考し対話することで、自分の人生を見つめ直そうと考えたようです。
本質観取、それは文字通り、ものごとの本質を言葉にして編み上げていく哲学の思考法・対話法です。幸せとは何か、自由とは何か、友情とは何か、恋とは、愛とは、信頼とは……こうしたものごとの本質を、共に考え、言葉にしていくのが、本質観取の哲学対話です。
その後、またいろいろあって学校には戻った娘でしたが、5年生になった時、おもむろに、「パパ、寝る前にちょっと哲学対話やるよ」と言ってきたことがありました。高学年女子と言えば、人間関係にとりわけ悩む時期です。きっと何か深い悩みにまた行き当たったのでしょう。
その日から、わたしたちは寝る前の10分から15分ほどの間、本質観取の哲学対話を楽しむようになりました。
いま思い返すと、それは宝箱に入れて永遠に保存していたいような、本当に大切な時間でした。幸せとは何か、人間とは何か、思いやりとは何か、大人とは何か、さらにはなんと、よい政治とは何か……。そんな根源的なテーマの数々の本質にたどり着こうと、親子で対話を重ねることができるなんて、親としても哲学者としても、こんなに幸せなことはありませんでした。
「親子で哲学対話」の魅力は、子どもの思考力や言語力がみるみる向上していくということももちろんあるのですが、そんなことより何より、親子の相互理解が、またその関係が、ものすごく深まっていく点にあると思います。何しろ、生きることの根源に、対話を通して一緒に迫っていくわけですから。わが子はこんなにも深いことを考えていたのかと、うなってしまうほど驚くこともしばしばです。
わたしはこれまで、何百人もの子どもたちと哲学対話を重ねてきましたが、たいていの子どもは、親が思っているよりはるかにいろんなことを考えています。あるいは考えることができます。大人より本質的なことを考えていると言ってもいいほどです。とりわけ小学校高学年から高校生くらいまでの年齢の子どもたちは、友だち関係や親子関係、将来のことや生き方のことなどにうんと悩む時期ですから、人生でいちばん哲学者になる時期です。ほとんどの子どもは、一度やってみれば、本質観取が大好きになってくれます。
本質観取の方法はきわめてシンプルです。たとえば「幸せとは何か」であれば、①まず、どんな時に幸せを感じるか、その体験例・具体例を、お互いにたくさん持ち寄ります。②そうすると、不思議なことに、それらすべてに共通するキーワードが少しずつ見えてきます。③そこでそのキーワードを取捨選択したり上手に組み合わせたりして、「これを欠いては幸せとは呼べない」という幸せの本質を見つけ、言葉にして射抜いていくのです。
経験を重ねると、上手に本質を射抜く言葉を編んでいくことができるようになります。ただ「親子で哲学対話」の魅力は、一緒に上手に言語化していくことにもあるのですが、対話の過程で、やはりお互いのことがどんどん理解できるようになるという点にこそあります。
たとえば、最初のフェーズで、どんな時に幸せを感じるかの体験例を持ち寄りますが、その時に、「へぇ、この子はあの時の経験をこんなふうに思っていたんだなぁ」と、改めてわが子のことを知ることができるのです。日常会話ではなかなか出てこないような話が、こうやって深い対話の時間を設けることで交換されるのです。
実際の「親子で哲学対話」の模様は、よろしければぜひ、拙著『親子で哲学対話――10分からはじめる「本質」を考えるレッスン』(大和書房)をご覧いただければ幸いです。また、本質観取のコツやその対話のファシリテーションのコツにご興味のある方がいらっしゃれば、『本質観取の教科書』(集英社新書)もご参考いただければと思います。
気がつけば高校2年生になった長女ですが、いまも時折、本質観取を一緒にやっています。当時は幼稚園に通っていた次女も、その頃からしばしば本質観取に参加していましたが、いまでは中学1年生になった彼女とも、しょっちゅう本質観取をやっています。
人生の問題に行き当たった時は、まずはそもそもの本質を考えてみる。そんな思考の習慣ができたことで、娘たちはずいぶんとたくましくなったなと感じます。
悩み多い思春期です。親子関係にもさまざまな変化が訪れます。
でも、何があっても、しっかり「対話」をすればどんな問題も乗り越えていける。そんな確信が、わたしたちにはあるように思います。何しろ、「人間とは何か」とか「存在とは何か」といった、超難解なテーマにさえ、これまで一緒に挑んできた仲ですから。
親子に限らず、学校や職場など、さまざまな場面で、本質観取の哲学対話に取り組んでくださる方が増えたらいいなと願っています。

【左】
『親子で哲学対話―10分からはじめる「本質」を考えるレッスン』(大和書房)
【右】
『本質観取の教科書』(集英社新書)
★上記挿絵は全て『親子で哲学対話』(大和書房)より
苫野 一徳(TOMANO Ittoku )さん
哲学者・教育学者。熊本大学大学院教育学研究科准教授。早稲田大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。経済産業省「産業構造審議会」委員、熊本市教育委員のほか、全国の多くの自治体・学校等のアドバイザーを歴任。主な著書に、『どのような教育が「よい」教育か』(講談社)、『勉強するのは何のため?』(日本評論社)、『教育の力』(講談社現代新書)、『「自由」はいかに可能か』(NHK出版)、『子どもの頃から哲学者』(大和書房)、『はじめての哲学的思考』(ちくまプリマー新書)、『「学校」をつくり直す』(河出新書)、『ほんとうの道徳』(トランスビュー)、『愛』(講談社現代新書)、『NHK100分de名著 苫野一徳特別授業 ルソー「社会契約論」』(NHK出版)、『未来のきみを変える読書術』(筑摩書房)、『学問としての教育学』(日本評論社)、『『エミール』を読む』(岩波書店)、『親子で哲学対話』(大和書房)、『伝授!哲学の極意』(河出新書)、『本質観取の教科書』(集英社新書)などがある。
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